移転

さて、はてなダイアリーがもうすぐ終わるので、はてなブログに移転を始めることにしたのだが、まだ回りのことは余り進めていない。

 

現政権に強い危惧を覚え、活動の中心はSNS に移ってしまい、日記をすっかり書かなくなっているのではあるが、十数年前に書いた日記など含め、無くすわけにはいかない記事がいくつもある。

これらの繋がりを保ったまま移行できると言うので移行してみた。

 

今後もよろしくお願いします。

脱弥生時代しませんか?

ツイッターで連続ツイートしたものをまとめてみます。

脱弥生1
日本人のみなさんは(私を含め)そろそろ #弥生時代 を止めませんか?
租庸調を納め続けて、上が変わっても強いたげ続けられ、長いものに巻かれる、お上の言うことには逆らわない……これ、かれこれ2千年くらい続く日本人の気質ではないでしょうか?
そろそろ、現在に生きませんか?

脱弥生2
選挙も「行ってもいかなくてもどうせ変わらないんでしょ?」とか
「誰々に入れろ」とか「どこそこに入れろ」とお触れが出たから、入れに行く。義務のために投票に行くと言うのも、そろそろ止めませんか?

現代は情報の時代、様々な情報を得ることができます、その上で、選択しませんか?

脱弥生3
丁寧な説明をしてきたと言っている人は、本当に説明したのかな?
合流する気はさらさら無いと言っている人は、花粉症ゼロで何を排除するのかな?

首相が繋がり続けたカルトはどこかな?
もっと能動的に考えたら、避けた方が良い物事に気づけるんじゃないかな?
現在に生きませんか?

脱弥生4
ひたすら納め続ける税金。自分達のために使ってもらわなくては嘘です。
一部の権力者だけが、一部の資産家だけが利益を得る、そんなやり方は間違っています。

間違っているものの最たるものは消費税。
あなた、収入が2倍になったら、二倍のお金を食費に遣いますか?

脱弥生5
税金は利益の再配分。そういう性質があります。保険と同じ。持ちつ持たれつが本来の形。
いっぱい持っている人は、足りない人に分け合う。病気の人の穴は、元気な人が埋める。
それをシステマチックにしたのが国家と言う組織のあるべき姿。互助的であるべき組織。それが国家。

脱弥生6
しかし、あるべきと、言うのと実際にそうであるとの間には大きな大きな溝があって、国家は権力は放っておくと必ず腐敗して、搾取を始める。これはもう疑う余地なく歴史が証明している。

だから、互助的に機能させるためには、見張りが必要になっちゃった。
どうしましょう?

脱弥生7
その答えが、近代国家では憲法と言う答え。
権力は無制限には振るえない、制約を持たせる。その制約の範囲の中でしか権力はあってはならないと言う考え方です。

日本にもこの憲法があり、余計なことを書いていないのでシンプル。非常に短いという特徴を持ちます。
細かいことは法律で。

脱弥生8
国家の枠組み、法律の決め方、守らなきゃいけない人……そんなことが書かれてきます。
でも、守らなきゃいけない人のところには、
 天皇又は摂政及び国務大臣、国会議員、裁判官その他の公務員は、この憲法を尊重し擁護する義務を負ふ。
と書いてあって国民というのはありません。

脱弥生9つまり、憲法を守らなきゃいけないのは「権力者」「お上」等と言われる人たちであって国民じゃない。
何故なら、これは私たちが国を、権力を縛る鎖だからです。

でも、その鎖、ちゃんと手に持ってる? 手放してない?
憲法を国に守らせるのも、権利を認めさせるのも私たちのする事です。

脱弥生10

第十二条  この憲法が国民に保障する自由及び権利は、国民の不断の努力によつて、これを保持しなければならない。又、国民は、これを濫用してはならないのであつて、常に公共の福祉のためにこれを利用する責任を負ふ。

こう書いてある私たちは努力を辞めてはならないらしい。

脱弥生11
なぜって、憲法と言う鎖から手を離したら、恐ろしい力を持った国家と言う権力が私達国民に牙を剥くからです。

ほら。今、政治家の言うことに耳を傾けてごらん? 私たちのお金を勝手に使って、勝手にばら蒔いて。
そんなこと、あなたは許しましたか?
許した覚えはない?

脱弥生12
でも、あなたは国家を縛る憲法と言う鎖を手放してしまった。猛犬注意。
猛犬が人を噛んだら、飼い主の責任です。
国家が暴走したら、それは国民の責任になるでしょう。

誰かが勝手にやった他人事ではすみません。
「なんであんたは好き勝手にさせたんだ」と言われる日がやって来ます

脱弥生13
知らなかったんだ。
あなたは言うでしょう。
歴史上多くの人が言ったように。
上の人が言ったから
頼まれたから

そうも言うでしょう。
質問します。
あなたは組織票と言う生き物なのですか?
あなたの意思はあなたには無くて、誰かに決めて貰わなくてはならないほど幼い?

脱弥生14
さて、考えてみましょう。
あなたは18歳以上の大人で自由意思を持つ日本人だと仮定して、あなたの手には権力に間接的に声を届ける #選挙権 と言うものがある筈です。
仮定から漏れた方はごめんなさい。
その選挙権は、歴史上多くのものが血反吐を流してまで欲しがったものでした。

脱弥生15
かつて、選挙権は多額の税金を納めた男性にのみ与えられました。
時代が下って徴兵制が敷かれるようになり、義務と権利が裏表の関係となり、成人男子に普通選挙権が与えられるようになりました。
女性はかかあ天下を取り、夫に投票させるしか政治に介入できなかったのです。

脱弥生16
戦後になり成人女性にも、また昨年の参院選からは18歳以上の男女に選挙権が与えられるようになりました。

先ほど徴兵制が義務と権利が裏表の関係となり、選挙権が与えられたと書きました。
少しこの事は気になっています。
権力が今やりたがっていることを考えると。

脱弥生17
でも、それでも。
あなたの手にある選挙権は、国に立ち向かう力です。
権力に紐の付いた組織票の一員で良いですか?
それとも、自分の頭で考えてみますか?

また、組織票ではなく、無関心だから放っておいてよと言う人もいるでしょう。
その態度もまた #弥生時代 っぽい。

脱弥生18
上がどう変わっても、税金は納めるし、働かなくちゃいけないし、老後は年金もらうんだし。別に良いんじゃない?

そういう人、いっぱいいます。一番多いかもしれない。

でも、ちょっと待ってね?
無関心って対照的なのね。
あなたが政治に無関心だと、政治もあなたには無関心になる

脱弥生19
だって、考えて?
一生懸命あなたのことを思って、親切にしても尽くしても、あなたは関心無いんだよね? 票を入れては呉れない訳だ。
そうしたら、あなたの友達なら、離れていきそうなものだし、政治家はあなたのためには制度を作らなくなる。だって無駄だもん。

脱弥生20
もちろん、すべての人に平等に……と言う基本方針はありますが、お金も体力も考える時間にも限りがあります。

そうしたら、聖書じゃないけど
「求めなさいそうすれば与えられます」
政治家にやって欲しい事を言って票を入れる人の分からつい考えるようになります。議員も人だから。

脱弥生21
だからね、無視させない為には、無言でも良い、投票率を上げれば良いんだよ。
好き勝手なことをやったら、次は当選しないと思えば、その議員の人格主張に関わらず、自重くらいはするようになる。

先進国はだから、投票率は割りと高い数字をキープしています。鎖を手放さないから。

脱弥生22
だから、どうか もう2千年も続いている習慣なので抜け出しにくいのは判るんだけど、 #弥生時代 以来の「お上の言うことには逆らわない」じゃなくって、 #投票に行こう と言いたい。
それも、組織票の一員じゃなくて、あなたの頭で間構えて欲しい。
結果は同じ投票先だとしても。

脱弥生23
#選挙権 は私達国民が、国家と言う権力に睨みを利かせる手段のひとつです。
どうか、無駄にせず、大事に行使してください。
行使しない権利は無いのと同じなのですから。

#総選挙2017
#衆議院選挙2017
#立憲主義
#民主主義
#憲法

書きながら考えながら一気に書きましたが、ブログに書くのとこうやって連ツイするのとどっちが多くの人が見て考えてくれるんだろう?
そう考えて書きました。
湖面に投げた小石程度には波紋ができると良いな。

終戦の日に思うこと (何故、今、安倍政権に対して反対をしているのか)

72回目の終戦記念日である今日、ここしばらく考えたり、説明する必要が出てきた事、
例えばtwitterその他の媒体で私の立ち位置を説明する必要が出てきたり、文字数のために言い尽くせない事などを少しまとめてみようと思う。

基本的に、様々なところで現在の政権のやっていることに対して反対の声をあげている。いくつかの項目に分けて記したい。

原発の事

もともと、私は脱原発の立場から、旧野田政権、そして現在の安倍政権に対して批判を行っている。
脱原発の立場は、 11年前に書いたこのブログ今日という日 - きりなの日記を参照して欲しいが、基本的には使用済み核燃料をどうするのか、核燃料サイクルが破たんしている状態でプルトニウムをどう扱っていくのかという点にまともな答えを出さないまま原発事業を続けることはあり得ない。
また、上記のブログは、2006年に書いており、事故などまだ起きていない時点での話だ。あくまでも「日本の原発で事故は起こらない、それでも使用済みの燃料やプロトニウムの処分法に問題があるとの認識での事である。

ましてや、3.11で事故が起きた後、上記の事は全く解決されておらず、新たにいくつもの問題が指摘されている。

一つには、もちろん、事故は起こり得る、その根本を総括もさせず、廃炉も終わらせないままに、再稼働を進めようとする勢力に対する憤りだ。
福島第1原発は未だに廃炉に手がつかず、燃料デブリは6年もたって、やっと発見されたかもしれないという状態。

二つ目は、上記で指摘したプルトニウムを処分(?)するために計画しているプルサーマル計画の問題。
高速増殖炉もんじゅによるプルトニウムの処理&再生産と言う核燃料サイクルは破綻してなおかつ、日本が核武装しているわけではないという言い訳のために進めたがっている計画だが、まず運転に対しての危険性。
もともと、日本の原子炉はウランで動かす事が前提となっているが、そこのMOX燃料を装荷して運転するタイプのプルサーマル発電への運転方法の転換は、何か問題が起こった時に、制御のために装荷する制御棒やホウ素が効きにくいという問題がある。制御がまともに効かないとなると、運転自体に問題が出ることは間違いがない。
また、使用済み燃料。MOX燃料の使用済み燃料は、非常に高い発熱性を持つため、通常のウラン型の使用済み燃料の場合、十数年程度の冷却を行えば次の処理が行える。しかしMOX燃料での使用済み燃料は、およそ500〜800年もの冷却期間を経なければ、次の処理に回すことができない。
つまり、原発の場内に500〜800年も冷却プールの中に留め置かれるということだ。

こんな期間、冷却水を回し続けなければならない。汚染水は当然増え続けるわけだが、垂れ流し以外の答えがまともに出てこないところに無責任としか言えない問題がある。

そして三つ目に、最終処分の問題だ。
フィンランドオンカロ処分場が建設中の最終処分場としては有名だが、あの土地は過去数億年にわたって地震が無い、安定した岩盤という立地である。10万年前には存在しなかった日本列島とは事情が異なる。にも関わらず、つい先日経産省は、高レベル放射性廃棄物の最終処分に関する「科学的特性マップ」を公表したが、南海トラフ地震が想定されている地域にまで最終処分場に適切と言う判定がされていますが……正気なのか?

そして、4つ目は、東京オリンピック(2020)の招致。

上記のような原発の問題があり、実際に事故の起きた福島第一原発の問題が収束していないにも関わらず、安倍首相は、その影響が福島第一原子力発電所の港湾内0.3平方キロメートルの範囲にブロックされていると公表し、東京オリンピックを招致した。
現実には、林立するトリチウムを含む汚染水を、海洋に投棄する計画でもあり、また今でも汚染水が漏れ続けており、太平洋を循環した汚染水が日本で観測されるなど、すでに汚染は二周目に突入しているが、いまだに収束が見えない状態だ。完全な虚偽で招致したものであり、このオリンピックの準備のために、本来福島をはじめ東北地方の復興に充てられる予定だった重機が、オリンピックの為に持っていかれたために当然、復興が遅れるという構図も出来上がる。

続ければきりがないので、原発問題はこのくらいにするが、それでも原発再稼働を進めようとしている、そんな政権を推す気にはなれない。

憲法との関係

日本国憲法は、様々な権利を国民に約束している。
いくつか列挙しよう。
>>第十一条  国民は、すべての基本的人権の享有を妨げられない。この憲法が国民に保障する基本的人権は、侵すことのできない永久の権利として、現在及び将来の国民に与へられる。
第十九条  思想及び良心の自由は、これを侵してはならない。
第二十条  信教の自由は、何人に対してもこれを保障する。いかなる宗教団体も、国から特権を受け、又は政治上の権力を行使してはならない。
○2  何人も、宗教上の行為、祝典、儀式又は行事に参加することを強制されない。
○3  国及びその機関は、宗教教育その他いかなる宗教的活動もしてはならない。
第二十一条  集会、結社及び言論、出版その他一切の表現の自由は、これを保障する。
○2  検閲は、これをしてはならない。通信の秘密は、これを侵してはならない。

トリチウム放出

核融合の研究には、賛否両論がある。
なので、一旦その是非は置いて考察することを先に述べておく。

核融合では、実験の中で、あるいは実運転で必要になるのは重水素三重水素によるD-T反応であり、そのためにトリチウム三重水素)を濃度の薄い天然の水や核融合反応後の水から分離して、環境中には放出しないように努めることが求められるわけであるが、一方で、

http://www.tokyo-np.co.jp/article/economics/list/201707/CK2017071402000135.html や
Fukushima: de l’eau radioactive va être déversée dans l’océa... - Lavenir Mobile
で報道されているように、東京電力原子力規制委員会は、トリチウムを大量に含む汚染水を海に放出する予定のようである。

方や、非常に濃度の薄いところから抽出してトリチウムを集めようとしている人たち、
もう一方に非常に濃度の濃いものを希釈して海に捨てようとしている人たち。

海に捨てずに、引き取ってもらえば、少なくとも余計な予算は使わなくて済むんじゃないか? と思うのは私だけだろうか?

少なくとも核融合側は
安全情報公開 / 核融合科学研究所
に見られるように、トリチウムを環境中に漏洩させずに管理するために手を焼いているのであり、その点では原子力規制委員会や東電と立場が異なるように見える。

方や危険だが、十分に管理する手法を身に着けるといい、方や安全だ安全だと呪文のように唱えながら、ダバダバと海に流して世界に迷惑をかける人たちがいるわけで、どちらに理性が残っているかと考えると、結論は明らかだろう。

こういうところは協力していただいて、薄い河川の自らトリチウムを取り出すのではなく、濃厚な汚染水からトリチウムを選択的に回収していただけないでしょうかね? 試料中にあるように95%しか回収できなくても、相当にましになると思うのだが……

いかがだろうか?

ここ数年の証し

教会で行う予定の証し原稿
文中で引用している聖書はすべて 新改訳聖書第3版によります。

申命記17:16

王は、自分のために決して馬を多くふやしてはならない。馬をふやすためだと言って民をエジプトに帰らせてはならない。「二度とこの道を帰ってはならない」と主はあなた方に言われた。

エレミヤ書20章7〜9節

主よ。あなたが私を惑わしたので、私はあなたに惑わされました。あなたは私をつかみ、私を思いのままにしました。私は一日中、物笑いとなり、みなが私をあざけります。
私は、語るごとに、わめき、「暴虐だ。暴行だ。」と叫ばなければなりません。私への主のみことばが、一日中、そしりとなり、笑いぐさとなるのです。
私は、「主のことばを宣べ伝えまい。もう主の名で語るまい。」と思いましたが、主のみことばは私の心のうちで、骨の中に閉じ込められて燃えさかる火のようになり、私はうちにしまっておくのに疲れて耐えられません。

ここ数年の事を証しします。

また、2年ほど前の春までは中高科で次の世代への信仰の継承を祈っていましたが、そちらの方はより年齢の近い世代が奉仕者として加えられてきていること、またこの後に語る、懸念があり、そちらへと傾注するために、中高科の奉仕を降りました。

今、一番心配していることは、末松牧師のメッセージ中にも時折語られていますが、原発の問題です。

私は2006年の8月6日、ブログに使用済み核燃料から抽出されるプルトニウムが無害になるのに、雑な計算ですが31万年かかるという計算をして、たとえ稼働中の原発が安全だとしても管理が人の手に負えるものではない事を書きました。

この時点では、日本の原発チェルノブイリ黒鉛炉)とは異なり、軽水炉で、暴走しようとした場合には抑制しようとする方向へのフィードバックがかかるため、原発の稼働に関してはもんじゅ*1を除いて安全だという認識で居ました。
ただ使用済みの燃料が問題なのだと。

はたして、2011年3月11日。東北大震災が起こり。福島第一原子力発電所が爆発事故を起こし
チェルノブイリの2倍、広島原爆の180倍の放射能をばらまいた。
もう止めなくてはいけない。
奇しくも、かつて原発推進派であったドイツのメルケル首相も日本が事故を起こすのであれば原子力発電はやはり人間の手には負えないという判断をしたようで、原発の反対派に回り、ドイツ国内の原子力発電所を全て停止させたのは、皆さんの記憶にものころところかと思います。

日本は実際には核武装をしてはおりませんが、潜在的核武装国ではないかという批判が、先に述べたプルトニウム保有のために国際社会の中で言われます。

これを消費する言い訳としてプルサーマル計画が立てられ、もんじゅ等の高速増殖炉による核燃料サイクルが破たんしたためのプルトニウムの消費の計画としているわけですが、このプルサーマルがまた非常に危険なものです。

通常の軽水炉型の原子炉では、使用済み燃料は10数年もすれば、次の作業(再処理なら、埋設処理なり)に移しても大丈夫なくらい十分に「冷え」ますが、プルサーマル型の原発では、プルトニウムを含んだプルサーマル型発電のMOX燃料は、この一時冷却に500年〜800年掛けないと十分に冷えないといわれています。

800年前というと鎌倉幕府ができたころ。源頼朝が、何かを約束したとかしなかったとか、あるいは、約束を守ったとか守れなかったとか、だれか気にするでしょうか?

それが神様の言葉なら信じて待つことができます。
旧約聖書から新約聖書の間、神様からの新たな言葉が無い時期が数百年ありました。
しかし、権威のない人間の言葉を、しかも口を開くたびに言うことが二転三転する人たちの言葉を、信頼して500年待つことが、できるでしょうか?

問題は原発だけではありません。
私は、そうそう余力に溢れているわけではありませんから、原発問題だけに絞って活動をしたい、そのように思っていました。
しかしそんな中で浮上してきたのが、特定秘密保護法です。

既に強行採決されてしまっていますが、これは政府が指定する特定秘密(何が特定秘密に指定されたかはわからない)を朗詠させる、あるいは不当に知ってしまうと逮捕・監禁され、裁判にかけられて有罪にされますが、具体的に何が特定秘密だったかは最後まで(裁判官にも)判りません。

およそまともは法律ではありませんが、調べて行くと他にも異常な問題がたくさんありました。
他にもあるでしょうが、一言で言うと権力の右傾化ということで現わすことができるでしょうか? 次のようになります。

国旗国歌法 1999年成立(小渕政権)
教育基本法改正(2006)(第一次安倍)
防衛省設立 (2007)(防衛庁より格上げ)
国民投票法 (2007)(第一次安倍政権)
自衛隊ジブチ派遣(2009)
自衛隊ジブチ基地、事実上の恒久基地化(2010)
自民党憲法草案 (2012) (野党)
特定秘密保護法 (2013)(第二次安倍)
国家安全保障会議設置 (2014) (〃)
防衛装備移転三原則 (2014)(〃)
安保法制 (2015)(第三次安倍政権)
防衛施設庁設立 (2015)
無人偵察機 イスラエルと共同研究(2016)(第三次安倍)
憲法改正発議 (2017) 予定 

どんどん憲法で保障した国民の権利を奪い、国が力を強めようとする動き、国民がどうなろうとかまわない動き……そんな動きが続いてきています。

こんな箇所を思い出しました。


エゼキエル書34章1〜7節

次のような主のことばが私にあった。
「人の子よ。イスラエルの牧者たちに向かって預言せよ。預言して、彼ら、牧者たちに言え。神である主はこう仰せられる。ああ。自分を肥やしているイスラエルの牧者たち。牧者は羊を養わなければならないのではないか。
あなたがたは脂肪を食べ、羊の毛を身にまとい、肥えた羊をほふるが、羊を養わない。
弱った羊を強めず、病気のものをいやさず、傷ついたものを包まず、迷い出たものを連れ戻さず、失われたものを捜さず、かえって力ずくと暴力で彼らを支配した。
彼らは牧者がいないので、散らされ、あらゆる野の獣のえじきとなり、散らされてしまった。
わたしの羊はすべての山々やすべての高い丘をさまよい、わたしの羊は地の全面に散らされた。尋ねる者もなく、捜す者もない。
それゆえ、牧者たちよ、主のことばを聞け。


私たち、聖書を読み、歴史を学ぶ信仰者は、為政者が何を行おうとしているのか、歴史的にはどういう意味を持つのか、意味を考え、また声をあげて行く必要があると思います。
そして黙っていたらどうなるか、知っている私たちはやはり、エレミヤのように黙っているわけにはいかないのではないかと、思い具体的な行動を祈りながら、街宣活動や、デモへ参加しているわけです。

どうか、ひとりひとり、祈って頂ければと、思います。

*1:もんじゅは液体ナトリウムを冷却剤とする高速増殖炉であり、液体ナトリウムは取り扱いが極めて危険であることから

衆議院の解散、その他

純粋に思考実験として考える。

日本国憲法において、天皇に事実上の自由はない。その行為について内閣の助言と承認によってしか、行為が出来ない。

さて、規定上は、摂政はその在任中、訴追されない。(皇室典範 第21条)。
伝統的には、ましてや天皇は訴追できないと考えられている。

なので、天皇が、国会解散の詔勅に、内閣の助言と承認に反して御名御璽をしない場合。どうなるのかしらね?

もちろん、実際にそうする可能性の話ではなく、純粋に思考実験としてです。

先帝も今上も、憲法は遵守される立場の方ですから、そんな憲法に反することはなされませんが、想定してみることは大事です。

個人的には憲法の範囲は越えずに、開会宣言の後、皇居に帰らずにひたすら黙って傍聴される陛下とか、日参される陛下とか、ただ目があるだけでも、様々な暴走に歯止めがかかるのではないかなぁと思う次第。

訴追されない身分を最大限に利用するとしたら、どうなるんでしょうね?

かつて……

かつて、日本国と言う国があった。
理想的な国だった。

それはまず、その国名に現れている。
日の本の国。すなわち、太陽の下にある国。
あなんの難しい理想も、妄想もそこにはない、ただ、お日様が照る国、それだけの単純な名だ。

わざわざそんなことを言うのには、理由がある。フランス革命に始まり、多くの専横と戦ってきた人類は、自由平等博愛を愛し、様々な形で、国号にその理想を込めてきた。

曰く、人民、民主主義、自由、共和、社会主義……と。
国号に独裁国と謳う国は無かった。
ただ名前に無いだけであり実態とは異なったが。
実際、国号にこれらの理想を冠する数か多いほど実態から離れると言う説があった。歴史は証明しただろうか?読者の判断に委ねたい。

日本国には異称があった。
豊葦原の瑞穂の国
葦が一杯繁って、瑞々しい稲穂の実る国。
田んぼの国と言うわけだ。

なんとものどかな、しかし、豊かな異称であったことよ。少なくとも、日照りや干ばつとは無縁に感じられるではないか。例え現実にはその様な災禍があるとしても、やはり豊かな水と草木に根差す国土がこの国の原風景であろう。

そんな国に、アレが現れた。
アレと言っても、「臣(しん)安萬呂(やすまろ)、言(まお)す。」で始まる古事記で有名な、伝承の記憶の担い手、稗田阿礼(ひえだのあれ)のことではない。遠称の代名詞である「アレ」と呼んでいるにすぎない。

アレは、かつて居ないタイプの指導者だった。指導者と呼ぶのは適当ではないかもしれない。ただ、表現する用語が、日本語には無いのかもしれない。
アレは何も知らなかった。アレは美しいと常々言いながら、何が美しいのか知らなかった。
また、アレは必要以上に強い言葉を使いたがったが、その言葉の重みも知らなかった。

そのアレの力強い言葉と、自国を美しいと礼讃する態度に酔いしれた国民の一部は、叫んだ。

Heil Alle! (ハイル アレ!)と。

その叫びに、アレもまた酔いしれ、おだててくれる人に唆されて、次々に、何を望んでいるのかを自分自身でも判らないままに、作り上げていった。

豊葦原の瑞穂の国
この国には、豊かな水と豊かな稲穂があった。
アレは、何も理解せず、それらを焼き払い、稲の代わりに瘴気を、国土にばらまき、そこに夷狄(いてき)を呼び込んだ。

水源もこれらの夷狄に押さえられ、芦穂は枯れ、彼らはそこに瘴気をばら蒔きながら育つ稲に似た作物を稲の代わりに育てさせ、かつての国民は、水と食糧を得るために隷従させられた。

いまや、かつて日本国と呼ばれた国の脱け殻がそこにある。
この国に、日はもはや登らない。

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この作品はヒックションであり、
作中の登場人物、団体の構成員は、現実にはどうあれ、「ヒックション」とくしゃみをします。