主日礼拝感想「主は今、生きておられる」

今日は11月最初の礼拝があった。

サンディエゴから中村牧師をお迎えし、メッセージを聞くことができたが、その際に、中村師の元で救われて、来年からペルーに働きに出られると言う下田宣教師の証に感動した。

神様は、これほどまでに私たちの信頼にこたえて、答えをくれるのか。
これほど明確に、祈りに答えて、励まして、示してくれるのか。

以下に、聞いた内容を抜粋して記すが、内容に誤りがある場合は、私、宮越の記憶力の問題であって下田宣教師の問題ではないことを先に注記しておきます。

2002年にエジプトで開かれる予定だった世界宣教会議、これは、100ヶ国を超える国から宣教師が集まる予定であったが、折も折り、イスラム教の一部の過激派が起こしたテロが、世界を賑わしたその最中であったため、決してキリスト教国ではない、また観光立国であるエジプトは、相当の警戒をしたという。

「もし、テロが行われれば、観光国として立ち行かなくなる。そうなった時に、どうしてくれるのか? 世界宣教会議の中止を要請する……」
と言った趣旨のFAXがエジプトから各国の参加予定であった教会に送信されたらしい。

結果、日本とペルーの2カ国だけが(開催国エジプトを除けば)参加したのだと言う。
当然、会議にならない。

しかし、盛会を行おうと言うことで、何はともあれ、会場であるエジプトの教会に師(当時神学生)は向かう。


果たして、そこにペルーの代表と、開催国エジプトの牧師が居た。
その、ペルーからの代表者が、エジプトの牧師の胸を叩きながら、「お金を返してください」と泣き叫んでいたのだと言う。
(全部書くと長くなるので割愛するが、主の不思議な導きにより、アメリカの農場で雇われ、メキシコ人労働者を取りまとめていた下田師は、スペイン語ができる、そのため、その泣き叫ぶ声を聞き取ることができた)

事情を聞くと、その代表は、ペルーの孤児院のようなところに居るらしい。
スタッフは14人。子供たちは山のように居る。
教育も無く、食べるものも無く、体を売ることで、糧を得ることが普通になってしまったその場所で、なんとか、必死になって子供たちを集め、夜も泣き叫んで眠れない子供たちをスタッフ総出で何とか宥めながら「イエス様が付いているから、大丈夫だよ」となだめるほうも泣き叫びながら、何とか必死に運営しているのだと言う。

食糧事情は悪く、食事は一日一食。当然いつも飢えている。
そんな折に、世界宣教会議がエジプトで開かれることを聞き、何とかこのペルーの窮乏を世界に訴えよう。そして、できれば持ち帰ってもらった各教会に献金をお願いして、それで助けてもらおう……

そう願って、ペルー中の教会を駆け巡って、無いお金を何とか工面してもらって、献金してもらって、かき集めて、かき集めて、やっとエジプトに来たのだと言う。

そうまでして、たどり着いた会議が、中止だと言う、だから彼女は泣いた。

そして、下田神学生に詰め寄ったと言う。
「あなたは、何をしにここに来たのですか、あなたに私たちの気持ちがわかりますか」と。

下田神学生自身も、裕福で自分でお金を出してこのエジプトに来たわけではなく、示されて、また、全額を援助してくれる……という献金がたまたま与えられたので、やっと来ることができたのである。
それに、神学生は、貧学生でもある、判る……と、思ったものの、実際には1日に3度の食事を摂り、貧しくはあっても飢えていたわけではない。

また、学生時代に体を故障して引退するまでは相撲一筋だった師は(現役時代に比べれば痩せたとはいえ)体格も良く、そういった意味でも「判る」と伝えることは憚られた。

だから、証しした。

  • 日本で大学まで、あまり勉強もせずに相撲一筋で生きてきたこと
  • 身体を壊し、選手生命が絶たれたこと。
  • 大見得を切って故郷を出てきたので、故郷に帰りたくなかったこと。
  • サンディエゴの農場で求人があり、メキシコ人を使う中間管理職的な仕事をしてきたこと。(ここでスペイン語を覚える)
  • アメリカで、中村師の教会にとあるきっかけから訪れたこと。
  • その時、初めて教会に入る際「おい! 神よ、お前が本当に居ると言うなら俺を信じさせてみろ」と言って教会に入り、その一週間後に泣きながら悔い改めて、赦された事。
  • 自分も神に仕えるものになりたいと思い、中村先生に詰め寄ったこと。
  • 日本人であるので、まず日本の教会を知る必要があると諭されたこと。
  • 日本の教会を知るために日本に帰る際に中村師からもらった註解書の表紙に「全世界に出て行き、すべての造られた者に、復員を述べ伝えなさい(マルコ16章15節)」と書かれていたこと
  • 根が体育会系なので、素直にその御言葉を信じたこと。
  • 日本に戻ってきてからしばらく幼稚園で勤めていたこと。
  • 「全世界」に出て行く働きとはどうすればよいのか、悩んできたこと。
  • 祈りの中で、この世界宣教会議があることを知らされ、また献金が与えられたため来ることができたということ
  • 祈りの中で、使途の働き9章のパウロ(サウロ)のように、とにかくその場に行けば、どのように働くべきかが示されると確信させられて、来たと言うこと。
  • できたら、アルゼンチンで働きたいという思いがあったこと。

これらを告げて、証しをした。

その宣教師は、下田神学生にこう語ったという。

「下田さん、あなたは世界に出て働きたいと祈っているのでしょう? どうかペルーに来て働いてくれませんか。農業をやっていたというのなら、どうか農場を開いて、そこで子供たちと一緒に作物を作ってください。そうしたら、今は一日一食しか食べられない食事が2回になるかもしれない。幼稚園で働いていた経験もあるなら子供たちを教えることもできるでしょう。テロのことも神様の働きに思えます。もし、世界宣教会議が普通に行われていたら、あなたはアルゼンチンに行ってしまったことでしょう、しかし、今、ペルーと日本しかここに来ていないこの状況だからこそ、私はあなたとこうして話すことができた、どうかこれを導きと信じて、祈ってください」
と。

そして、もし御心ならば、そのようにしるしを与えられるように祈り、日本に帰国した空港で、運命の電話が鳴り、茨城の教会から奉仕を依頼され、その足で教会に向かい、そこで、ペルーから来ていて、故郷に帰って宣教するべく、教会を上げて祈って居た女性と出会い、確かに「しるし」として与えられたものと信じ、結婚して、来年の1月からペルーに赴任することになったのだという。


私には文才が無いため、せっかく受けた感動が、うまく表現できずに居るのだが、何分の一かでも伝わったろうか?
確かに主は生きておられ、今も私たちに働きかけておられる。


一昨日、昨日のバイブルキャンプ、その後の刈谷伝道所での時間、そして今日のこの受けた感動と、神様は今、私にあらゆる手段を使って語りかけてくる。

確かに、主は生きておられ、私たちに命じられる。

それゆえ、あなたがたは行って、あらゆる国の人々を弟子としなさい。そして、父、子、聖霊の御名によってバプテスマを授け、

また、わたしがあなたがたに命じておいたすべてのことを守るように、彼らを教えなさい。見よ。わたしは、世の終わりまで、いつも、あなたがたとともにいます。

マタイ 28章19〜20節